筋トレより先に身体を知る。ダンスが変わる土台

獅子会のSHIGEです。
今日は、筋トレや柔軟の前に見てほしい「身体の現在地」について書きます。
「もっと筋力をつけたら踊れるようになる」
「もっと柔らかくなったら動きが変わる」
「もっと回数をこなしたら、いつか身体に入る」
ダンスを続けている人なら、一回はこう思ったことがあると思います。俺も、身体を作ること自体を否定したいわけではありません。
筋トレも大事です。柔軟も大事です。反復も、もちろん必要です。身体を作ることから逃げていい、という話ではないです。
でも、そこやねん。大事なのは、何をするかだけではなく、どの順番で身体を見るかです。
自分の身体が今どう立っているのか。足裏が地面にどう乗っているのか。膝や股関節がどこへ逃げているのか。
力を入れているつもりが、実は別の場所で固めていないか。ここを知らないまま鍛えても、踊りは変わりにくいです。
むしろ、ズレた身体の使い方のまま頑張るほど、膝や腰に負担が集まることがあります。俺が言いたいのは、筋トレをやめようということではありません。
筋トレより先に、自分の身体を知る。
これがダンスの土台になる、という話です。
頑張っているのに変わらない時に起きていること
真面目にダンスをやっている人ほど、しんどい時があります。レッスンにも行っている。動画も見ている。家でも練習している。
筋トレもしている。柔軟もしている。それでも、思うように変わらない。鏡では合っているように見えるのに、動画で見ると何か違う。振付は覚えたのに、身体の中が噛み合っていない。
フリーズや急な止まりで膝に痛みが出る。音に乗っているつもりなのに、どこか力んで見える。こういう時、人はだいたい「もっと頑張らなあかん」と考えます。
もっと回数を増やそう。もっと筋力をつけよう。もっと開脚しよう。もっと動画を見よう。
もちろん、それで変わることもあります。でも、身体の認知がズレている時は、努力の量を増やしても空回りします。
要は、自分の身体をちゃんと分かっていない状態で、同じ動きを何百回も刻んでしまうんです。これが怖い。間違ったクセを、努力で強化してしまうことがあるからです。
俺は1997年からダンサーとして本格的に活動を始めて、バトル、舞台、サポート、コンテスト、ショー、イベント、育成、いろんな現場に立ってきました。
その中で何回も見てきたんです。身体が強いだけでは越えられないところがある。勢いだけではごまかせないところがある。
強い身体は大事です。でも、強い身体だけでは足りない。身体をどう認知して、どう扱って、どう音や空気とつなげるか。そこまで見ないと、ダンスはほんまには変わりません。
筋トレも柔軟も、間違いではない

ここは誤解してほしくないところです。筋トレも柔軟も、反復も、鏡で確認することも、全部意味があります。
体幹が弱いなら、身体が流れることもあります。柔軟性がなければ、可動域が足りないこともあります。
反復しなければ、動きが自分のものにならないこともあります。鏡を見ないと、外からどう見えているか分からないこともあります。
せやから、これらを否定する必要はありません。でも、問題は「それだけで全部解決する」と思ってしまうことです。筋肉をつけたのに膝の痛みが消えない。
開脚は広がったのに踊りが変わらない。何百回も反復したのに、映像で見るとやっぱり浮いている。鏡では直せるのに、本番になると戻ってしまう。
こういうことは普通にあります。なぜか。身体の根本の認知が変わっていないからです。どこに体重が乗っているのか。どこで力んでいるのか。どこが止まっているのか。どこが抜けているのか。
そこを知らないまま外側の方法だけ増やしても、しんどくなることがあります。これは根性の問題ではありません。やる気が足りないからでもありません。
見る場所がズレているだけです。
身体の認知は、難しい言葉ではありません
「身体の認知」と言うと、難しく聞こえるかもしれません。でも、やっていることはすごくシンプルです。
身体の現在地を見るポイント
- 今、自分の足がどこにあるか。
- 体重が親指側に乗っているのか、小指側に逃げているのか。
- 膝がどちらを向いているのか。
- 股関節が固まっているのか、動ける状態なのか。
- 胸や肋骨が呼吸と一緒に動いているのか。
- 腕を上げている時、肩だけで上げているのか、背中や足裏までつながっているのか。
こういうことを、身体で分かっていくことです。たとえば、目隠しをして同じ動きをするとします。普段はできていると思っていた動きが、急にぐらつくことがあります。
鏡がある時は形を合わせられていたのに、鏡がなくなった瞬間に身体の現在地が分からなくなる。これは、下手ということではありません。
見えている形に頼っていて、身体の内側の情報をまだ拾えていないだけです。
ダンスは、見た目の形だけではありません。むしろ、形の奥にある身体の流れ、重心、呼吸、接地、関節の動き、音の聞き方、場の感じ方が出ます。
だから、まず自分の身体を知る。あ、今ここに乗っているんや。あ、膝が外へ逃げていたんや。あ、肩で頑張っていると思っていたけど、足裏が抜けていたんや。
こういう気づきが出てくると、練習の質が変わります。
すべては足裏から始まる

身体を見る時、俺が大事にしている入口の一つが足裏です。足裏は、毎日ずっと地面に触れています。立つ時も、歩く時も、踊る時も、止まる時も、跳ぶ時も、全部足裏から始まります。
でも、多くの人は足裏をちゃんと見ていません。どこに体重が乗っているか。指が使えているか。土踏まずが潰れていないか。
かかとで止まりすぎていないか。足指が地面を感じているか。ここが抜けたまま、上半身だけでかっこよく見せようとしても、動きは安定しません。
膝に負担が来ることもあります。股関節も固まりやすくなります。足裏は、ただの支えではありません。身体全体に情報を送っている場所です。
だから足指を触る。足の甲をほぐす。指の間を通す。一本ずつ回す。足裏がどう地面に触れているかを感じる。こういう小さいことを馬鹿にしない方がいいです。
派手なトレーニングではないです。SNSで映えるようなことでもないです。でも、こういう小さい認知が積み重なると、立ち方が変わります。立ち方が変わると、踊りの入り口が変わります。
ほんまに、足から背骨までつながっています。足指が少し動くようになるだけで、足首、膝、股関節、背骨、肩、腕まで変わることがあります。
これを頭で「そうなんや」と読むだけではなく、自分の身体で感じることが大事です。
足指と足裏のケアは、踊る前の確認です
足裏の感覚を呼び戻すために、難しいことをする必要はありません。
踊る前に確認する足裏ケア
- まず、自分の手で足の指を一本一本触る。
- 「ここに指がある」と脳に知らせるように触る。
- 手の指を足指の間に通して、ゆっくり握る。
- 足の甲をほぐす。
- 足指を一本ずつ持って、軽く引っ張りながら回す。
- かかとを固定して、親指から小指まで、時計回りと反時計回りに少しずつ回してみる。
これだけでも、左右差が分かります。回しやすい指、回しにくい指。足首の中で引っかかる感じ。足の裏が床に広がる感じ。片方だけケアした時に、腕が上がりやすくなることもあります。
それは気のせいではなく、身体がつながっているからです。足指が動く。足首が動く。膝と股関節が変わる。骨盤や背骨の動きが変わる。
肩や腕の上がり方まで変わる。身体は部分だけで動いていません。だから、足指のケアは「足だけの話」ではありません。
踊る前に、自分の身体全体のスイッチを入れる時間です。朝起きてすぐでもいい。練習前でもいい。練習後や入浴後に、膝裏を冷やすなどのケアを入れてもいい。
大事なのは、自分の身体を雑に扱わないことです。頑張る人ほど、痛みを無視します。でも、痛みを無視して進むことが本気ではありません。本気で踊り続けたいなら、身体の声を聞くことです。
股関節、胸郭、ストマックまで全部つながっています

股関節は「開く」だけではなく、意識するもの
柔軟というと、多くの人が開脚を思い浮かべます。もちろん開脚も一つの目安です。でも、足が開けば踊れるようになるかというと、そんな単純ではありません。
大事なのは、股関節がどう動いているかを認知することです。あぐらで座って、息を吐きながら背中を丸める。
お尻の骨、つまり股関節のあたりに体重を乗せるように、ゆっくり後ろへ傾いて、また起こす。これだけでも、股関節がどこにあるか分かっていない人は、最初は迷います。
片膝を立てて座り、身体をひねる。足の開き具合を少し変えるだけで、伸びる場所が変わる。両膝を同じ方向に曲げた姿勢から、左右にパタパタ倒す。
いわゆるお姉さん座りのような動きでも、股関節や骨盤まわりの固まり方が見えてきます。ここで大事なのは、無理に可動域を広げることではありません。
「今、どこが動いて、どこが止まっているか」を感じることです。無理に開くと、身体は守ろうとして固まります。痛みを我慢して広げても、踊りの中で使える動きになっていないことがあります。
股関節は、ただ柔らかければいいわけではありません。立つ、沈む、踏む、回る、止まる。その全部に関わっています。だから、股関節を「開く場所」としてだけ見ない。
自分の重心を受け取り、足裏と上半身をつなぐ場所として見る。そこが変わると、踊りの安定感が変わります。
胸郭と肋骨が動くと、表現が変わる
胸のアイソレーションが苦手な人は多いです。胸を前後左右に動かそうとしているのに、肩だけが動いてしまう。首に力が入る。腰まで一緒に動いてしまう。
鏡で見ると、思っているほど動いていない。こういう時も、ただ「もっと胸を動かそう」と思っても難しいです。胸郭、肋骨まわりが固まっていることがあります。
肋骨は一本一本あります。呼吸と一緒に動いています。本来は固い箱ではありません。体側を伸ばす。片腕を真上に伸ばして、息を吐きながら斜め上へ引っ張られるように倒す。
肋骨の間が広がる感じを見る。肩甲骨を寄せる。身体をひねらず、両肘を後ろに引く。肩甲骨が中央に寄って、胸が開く感覚を見る。これも、派手な動きではありません。
でも、肋骨まわりが少し動き始めるだけで、胸のアイソレーションの質が変わります。力で押すのではなく、動ける場所が増える。
固めていたところがほどける。呼吸が入る。そうすると、動きに余白が出ます。ダンスは、動いている時だけが表現ではありません。
呼吸、間、止まり方、力の抜け方。そこにその人の味が出ます。
ストマックと引き上げ
ウェーブや身体の通り道を作る時、腹部のコントロールも大事になります。いわゆるストマックのように、みぞおちの下を意識して動かす感覚です。
指でみぞおちの下を軽く押して、その指を押し返すように腹筋を動かしてみる。息を大きく吸って、吐き切りながら腹部をへこませる。
これも最初は分かりにくいです。でも、ここが分かってくると、ただ外側を動かすのではなく、身体の内側から波を通す感覚が出てきます。
そして、ここは「引き上げ」にも関わります。ただ胸を張るのではありません。腰を反るのでもありません。身体の中に一本の通り道を作るように立つ。
足裏で地面を感じながら、上へ伸びる。この感覚があると、動きが軽く見えます。逆に、腹部が抜けたまま腕や足だけを頑張ると、動きがバラバラになりやすいです。
身体は全部つながっています。足裏、股関節、肋骨、腹部、背骨、腕。どこか一つを変えると、別の場所も変わる。そこを体感していくことが、身体の認知です。
ボックスステップも、形ではなく仕組みで見る

たとえばボックスステップ。足で四角を描く動きとして覚えることはできます。右へ出して、前へ出して、横へ戻して、後ろへ戻す。
形だけなら、誰でもある程度できます。でも、踊りとして見た時に差が出るのは、その足の中で何が起きているかです。
骨盤がどう回っているか。上半身が流れとしてつながっているか。足裏が床をどう受けているか。
重心がどこを通っているか。ただ足で四角をなぞるのではなく、身体全体が円を描くように流れているか。ここが変わるだけで、動きの質はかなり変わります。
振りをかっこよく見せるのではありません。振りを踊る自分自身がかっこよくなる。ここです。形を外から貼り付けるのではなく、自分の身体の中から動きが出てくる。
そのためには、身体の仕組みを感じる必要があります。
俺はダンサーとして踊ってきただけではなく、イベントを作ったり、舞台構成をしたり、チームを育てたり、いろんな角度からダンスに関わってきました。
現場で見てきたのは、上手い動きには必ず内側の理由があるということです。音の取り方にも理由がある。止まり方にも理由がある。余白にも理由がある。
空気を作る人には、身体の使い方だけではなく、そこに立つ在り方があります。
練習はいつも100パーセントでやらなくていい
真面目な人ほど、練習を全部100パーセントでやろうとします。最初から全力。最初から音に合わせる。最初からかっこよく見せようとする。
気持ちは分かります。せっかく練習するなら本気でやりたい。手を抜いていると思われたくない。自分でも全力でやった方が安心する。
でも、身体のコントロールを覚える段階では、いつも100パーセントが正解とは限りません。
30パーセントで見ること
- 30パーセントぐらいの力で動く。
- 音をかけずに身体だけを確認する。
- 形よりも、どこに体重が乗っているかを見る。
- 一回止まって、足裏や肋骨や股関節を感じる。
こういう練習が必要な時があります。全力でやると、勢いでごまかせることがあります。音に助けられてしまうこともあります。気合いで押し切れてしまうこともあります。
でも、ゆっくりやるとごまかせません。どこで詰まっているか。どこで息が止まっているか。どこで膝に乗りすぎているか。
どこで肩に力が入っているか。それが見えてきます。練習は、ただ回数を増やすことではありません。自分の身体を観察する時間でもあります。
ここを雑にすると、頑張っているのに変わらない状態になります。
今日の100点を見る

ここで大事なのが、今日の100点です。昨日の自分と今日の自分は違います。身体の重さも違う。学校や仕事の疲れも違う。気持ちの状態も違う。
だから毎回、同じ100点を出そうとすると苦しくなります。でも、今日の身体でできる100点は見られます。
今日の100点として見られること
- 今日は足裏を感じられた。
- 今日は膝に乗りすぎていることに気づけた。
- 今日は力みを一つ抜けた。
- 今日はできない自分を責めずに、もう一回戻ってこられた。
こういう小さい確認が、自分を育てます。他人の100点を追いかけすぎると、自分の身体の声が聞こえなくなります。
けれど、自分の今日の100点を見られるようになると、練習がただの反省会ではなくなります。そこから、次の一歩が見えてきます。
これは子どもにも大人にも同じです。親が子どもを見る時も、外側の結果だけではなく、その日の100点を見る。
昨日より少し話を聞けた。身体のケアを自分からできた。できないところをごまかさず見られた。悔しさを次の練習に向けられた。
そういう変化は、順位や点数にはすぐ出ません。でも、踊りの土台になります。
プロは空気を読み、空気を作る
ダンスは、自分の身体だけで完結しているわけではありません。音があります。相手があります。空間があります。観ている人がいます。
場の空気があります。優れたパフォーマーは、その場の空気を読んで合わせるだけではなく、自分で空気を作ります。
これは、バックダンサーとして主役を引き立てる時にも、自分が主役として立つ時にも必要な力です。ただ大きく動くのではありません。
どこで出るか。どこで引くか。どこで止まるか。どこで空間を変えるか。そこには身体の認知だけではなく、場を見る力があります。
そして、場を見る力は日常にもつながっています。人の話を聞けるか。自分だけで突っ走っていないか。周りの空気を感じられているか。
でも、周りに合わせすぎて自分を消していないか。このバランスが、踊りにも出ます。
だから俺は、踊ることは生きることだと思っています。
俺が「踊ることは生きること」と言う理由

俺のプロフィールにも、「踊ることと生きることをつなぐ」という言葉があります。これは、かっこいい言葉として置いているわけではありません。
ほんまに、踊りにはその人の生き方が出るからです。身体の扱い方。人の話の聞き方。できないことへの向き合い方。悔しさの受け取り方。
仲間との関係。場への立ち方。言っていることとやっていることが一致しているか。全部出ます。ダンスは技術だけで成立しているように見えて、実はその奥に「どう在るか」があります。
だから俺は、原理原則や真理本質という言葉を大事にしています。難しいことを言いたいのではありません。当たり前のことを、ほんまに当たり前にやるということです。
身体を大事にする。人の話を聞く。できない自分をごまかさない。自分の現在地を見る。感謝する。場を大切にする。言行一致でいる。
これが踊りに出ます。逆に言うと、踊りを通して、そこを見直すことができます。膝が痛いという一つの悩みも、ただの膝の問題ではないことがあります。
立ち方、身体の認知、練習の仕方、頑張り方、焦り、周りとの比較、日常のケア。全部つながっています。そこを一つずつ見ていくと、ダンスだけではなく生活の見方も変わる。
あ、そういうことや。身体って、自分の在り方を教えてくれているんや。そう気づく瞬間があります。
獅子会で伝えたいのは、方法だけではありません
獅子会で伝えたいのは、単に「このストレッチをやりましょう」「この筋トレをしましょう」という方法だけではありません。
もちろん、身体の使い方も見ます。足裏も見ます。関節も見ます。動き方も、音の取り方も、練習の仕方も見ます。でも、それだけでは終わりません。
その人が何に触れているか。どこに身を置いているか。誰と出会っているか。どんな言葉を自分の中に入れているか。自分の今日の100点を見られているか。
ここを大事にします。上手くなるためには、技術が必要です。でも、技術が入る器も必要です。器が育っていないまま外側の技だけを入れると、どこかで苦しくなります。
勝った時はいい。褒められた時はいい。調子がいい時はいい。でも、負けた時、できない時、身体を痛めた時、誰かと比べてしんどくなった時、そこに戻れる土台が必要です。
俺は、それを在り方として見ています。為せば成る、だけではありません。
在れば成る。
その人がどう在るか。どんな状態でそこに立っているか。どんな場に触れているか。それが積み重なって、やがて成っていく。
だから、獅子会はただ振付を増やす場所ではありません。身体を通して自分を知る場所です。師、仲間、親子の見方が変わる場所です。
子どもの火を消さずに、でも当たり前のことはちゃんとやる場所です。のびのびやる。でも、雑にやるわけではない。自由にやる。
でも、身体と場への責任は持つ。この両方が大事なんです。
読んだだけでは、身体には入りません

ここまで読んで、「足裏を見た方がいいんや」「股関節や肋骨も関係しているんや」「身体の認知が大事なんや」と思ってくれた人もいると思います。
それは入り口として大事です。でも、読んだだけでは身体には入りません。動画を見ただけでも、分かった気にはなります。
でも、自分の身体が実際にどうなっているかは、自分では見えないことが多いです。今、足がどう乗っているのか。腰がどこへ逃げているのか。膝がどこへ向いているのか。
肩で頑張っているのか。呼吸が止まっているのか。ここは、隣で見てもらって初めて気づくことがあります。人に見てもらうというのは、答えを押し付けてもらうことではありません。
自分では見えていない現在地を、一緒に確認することです。そこから、自分の身体の感覚を取り戻していく。それが積み重なると、練習の意味が変わります。
ただ頑張るのではなく、感じながら積み上げる。ただ形を真似るのではなく、自分の身体で理解していく。ただ結果を追うのではなく、今日の100点を見ながら次へ進む。
これができると、ダンスはもっと楽しくなります。そして、身体を壊しながら無理やり進むのではなく、自分の身体と心を大事にしながら伸びていけるようになります。
最後に
筋トレをしてもダンスは上達しない。この言葉だけを見ると、少し強く聞こえると思います。でも、俺が言いたいのは、筋トレを否定することではありません。
順番を間違えないことです。
順番を間違えないために
- 身体を知らないまま鍛えるのではなく、身体を知ってから鍛える。
- 自分の現在地を見ないまま回数を増やすのではなく、現在地を見ながら積み上げる。
- 形だけを追うのではなく、身体の中で何が起きているかを見る。
そこに気づくと、これまでの練習が違って見えてきます。ダンスは、うまく踊るためだけのものではありません。自分の身体を知ること。自分の在り方を見ること。
何に触れるかを選ぶこと。どこに身を置くかを考えること。誰と出会うかで、自分の可能性が変わること。そういうものを、身体を通して学べる時間です。
獅子会では、そういう学びを大事にしています。技術も見る。身体も見る。心も見る。場も見る。そして、今日の自分の100点を見ながら、次へ進む。
ほんまに、そこから人は変わります。
今の現在地に合う入口を、詳細ページで確認してみてください。
SHIGE
